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@3 ライルとの出会い

Author: 米糠
last update Last Updated: 2026-01-06 20:46:44

 どれほど走ったのか分からない。  息が荒く、膝が震える。  森の湿った土の上に転がるように倒れ込んだ。 「……はぁ……っ、はぁ……っ……」

 足がもう動かない。  鼓動が激しくなり、視界がぼやけていく。

 (このままでは、捕まる……!)

 だが、もう走れなかった。  この森で、追っ手が来るのを待つしかないのか——?

 森は鬱蒼と茂り、月明かりすら遮られていた。  冷たい夜気が肌を刺し、背後から聞こえる足音がますます恐怖を煽る。  肺が焼けるように痛み、足は鉛のように重い。それでも、立ち止まれば終わりだと、本能が叫んでいた。

 そのとき。

 ザッ——!

 木々の間から何かが飛び出してきた。  セリスは反射的に身をすくめる。

 ——剣を持った男だった。

「……誰だ?」

 低く、鋭い声。  黒髪の青年。赤い瞳が月明かりに光る。  背には大剣を背負い、無骨な鎧をまとっていた。

 (帝国兵……? いや、違う)

 彼の鎧は帝国のものではない。  見たことのない紋章が彫られている。

 青年はじっとセリスを見つめ、眉をひそめた。

「……お前、追われているのか?」

 セリスは震えながら、小さく頷いた。

「帝国兵……村が……!」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 青年はわずかに表情を動かしたが、すぐに真剣な眼差しに戻る。  周囲の気配を探るように、鋭い視線を走らせた。

「追っ手はどこまで来ている?」

「……すぐ、そこに……!」

 セリスがそう答えた瞬間——

 ガサッ!

 森の茂みが揺れた。  そして、帝国兵たちが姿を現した。

「いたぞ! そこだ!」

「王の娘を捕らえろ!」

 セリスの心臓が跳ね上がる。  兵たちは無駄なく散開し、まるで狩りを楽しむかのようにじりじりと包囲網を狭めていく。

「王の娘だと? 本当にこんな小娘が……?」

 彼らの言葉に、青年は短く舌打ちすると、大剣を抜いた。

「……チッ。厄介ごとに巻き込まれたな」

 剣閃が閃いた。

 影に紛れるように立つ青年の剣が振り下ろされると、衝撃波のように空気が震えた。  鋭い一撃が帝国兵の槍を弾き、重々しい金属音が森に響いた。

「ぐっ……!」

 弾き飛ばされた兵士が地面に転がる。  だが、残る兵たちは怯まなかった。

「この男……腕が立つぞ!」

「構うな! 目標は王の娘だ!」

 兵たちは剣を抜き、セリスへと詰め寄る。

 (……だめ……!)

 恐怖で身体がすくむ。  足が動かない。

 そのとき——

「立っていられるか?」

 すぐそばから、青年の声がした。  セリスが顔を上げると、彼が戦いながらも一瞬だけこちらを振り返った。

「……俺の後ろにいろ。手出しはさせない」

 その言葉とともに、彼は剣を振り上げる。  そして、敵の剣を受け止め、力任せに弾き返した。

「くそっ、なんて力だ……!」

 兵士たちが一瞬ひるむ。  だが、すぐに別の兵が動いた。

「包囲しろ! 一人に構っている暇はない!」

 その言葉に呼応するように、兵士たちが散開し、セリスを囲むように動き出した。

 (このままでは……!)

 セリスは息を呑んだ。  このままでは、青年一人では全てを捌ききれない。  帝国兵たちの狙いは明確だった——セリスを捕らえること。

 (私が動かなきゃ……)

 だが、どうすればいい?  剣も魔法も使えない。  それなのに——

 脳裏に、何かがよぎった。

 ——記憶?

 それは、自分のものではない記憶のように感じられた。

 (……剣の……構え……?)

 血の匂い。剣が交わる音。誰かが叫んでいる——『王を守れ!』

 頭の奥底に、誰かの記憶がある。  何百年も前の王が見た光景——剣を振るう戦士の姿。

 (なぜ……こんなものが……?)

 頭がズキズキと痛む。  だが、時間はない。

「……くそっ!」

 セリスは近くに落ちていた兵士の剣を拾い上げた。  そして、無意識のうちに——その刃を構える。

 自分のものではない動き——それなのに、腕が勝手に剣を構えていた。

「お、おい、待て!」

 青年の驚いた声が背後から響く。だが、セリス自身も、何が起こっているのか分からなかった。  ただ——身体が勝手に動いていた。

 その瞬間——帝国兵の剣が振り下ろされる!

 (来る……!)

 短剣を握りしめ、覚悟を決めた——そのときだった。

 ——ズバァンッ!

 視界の端で、閃光が走る。次の瞬間、目の前の兵士が何かに弾き飛ばされた。  鋭い一撃。

「なっ……!」

 驚愕するセリスの視界に、再び青年の姿が飛び込んできた。  木陰から躍り出たその男は、剣を振り抜いた直後の姿勢のまま、静かに敵を見据えていた。

「……余計な真似はするな」

 低く、鋭い声。風に揺れる漆黒の髪、月光に照らされた赤い瞳が不気味なほど鮮やかだった。

 帝国兵たちは一瞬たじろいだものの、すぐに構えを立て直す。

「くそっ……こいつ、ただの傭兵じゃない……!」

「退け! 包囲を崩すな!」

 兵士たちが間合いを詰め直そうとする。  だが——ライルは容赦しなかった。

「遅いな」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、ライルの大剣が閃く。  空気を裂く音とともに、兵士の一人が弾き飛ばされた。  彼の動きは、まるで獲物に飛びかかる獣のようだった。

 流れるような剣筋。  一閃、二閃——気づけば、帝国兵たちは地に伏していた。

 (……強い……)

 セリスは目を見開いたまま、その光景を見つめていた。

 まるで踊るように戦うその姿。  剣の軌跡が月光に煌めき、影が揺れる。  そして——

「くっ……撤退だ! 王の娘はまた追えばいい!」

 指揮官らしき男の声が響く。  生き残った兵たちは次々と森の闇へと消えていった。

 ライルは追わなかった。

 ふっと息を吐き、剣を下ろす。  その横顔には、わずかな疲労の色。

「……終わったか」

 静寂。  再び森に戻った静けさが、不気味なほど耳に残る。

 ライルがゆっくりとセリスの方へと視線を向けた。

「……お前」

 セリスは思わず身をすくませた。

 彼の赤い瞳が、まっすぐこちらを見据えている。  まるで、すべてを見透かすように——

「……今、剣を構えていたな」

「……っ!」

 その言葉に、セリスは息を呑む。

 ライルは無言で歩み寄る。

 震える指先には、まだ剣が握られている。

 ——さっき、確かに「剣の構え」が頭をよぎった。  まるで自分ではない誰かの記憶が流れ込んできたような、奇妙な感覚。

 (でも、そんなはずは……私、剣の扱いなんて……)

 セリスは困惑し、剣をぎゅっと握りしめた。

 ライルはしばらく彼女を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、頭をかいた。

「……まぁいい。今はさっさとここを離れるぞ」

「え……?」

「しばらくしたら、また追っ手が来る。お前みたいな目立つガキをここに放っておけば、すぐに捕まる」

「が、ガキって……!」

 セリスは反論しかけたが、ライルはすでに背を向けて歩き出していた。

「ついて来い。逃げ道くらいは用意してやる」

 呆気に取られながらも、セリスは彼の背中を見つめた。

 そして、ゆっくりと歩き出す——

 (……この人は、一体……?)

 疑問を抱えながらも、今は彼に従うしかなかった。

 月の光が、森の奥へと続く道を淡く照らしていた。

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